一歩の写真散歩

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2013年 05月 23日

幸せの総量

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時々、ふと囚われる思いがあります。幸せの総量は皆同じなのではないのだろうかと...。

技術の世界で長年生きてきたので馴染み深いのですが、物理にエネルギー保存の法則というのがありましたね。定義の文言は定かでなくなってきましたが
"独立した系内のエネルギーの総量は変化しない"というあれです。これと同じで肉体的、精神的エネルギーも個人という系内においては減りもしなければ増えもしないでただ形を変えるだけではないのかと。幸福というプラスのエネルギーが生じる一方で不幸というマイナスのエネルギーも生じ総じてプラスマイナス0で均衡する様に思えるのです。
成功者とか英雄と呼ばれる人も若い時の不運を乗り越えて晩年に大成する人もいれば若くして成功し富を築いても身を滅ぼす人もいます。
ここで気になるのが時間ですね。ではいつ均衡するのか。来世を含めると無限になってしまうし自分の力が及ぶものでもありませんから生まれた時からこの世を去るまでと考えるのが自然でしょうか。

幸福感は多分に相対的なもので苦難に遭遇している人をみて自分は恵まれている、幸福だと感じることもあれば、物理的でも精神的にでも何かを得たことで感じるものでもあります。待ち望んだ幸福をようやく手に入れても時間の経過とともに満足感は薄らいでいきます。また個々人の価値観でも幸福感は異なってきます。大きな幸福感に一時包まれるのもいいでしょうが小さな幸福でいいから持続的に満たされ、避けえないのであれば一つ一つの不幸は願わくば小さくあって欲しいものです。
生涯を終える時、少なくともまあまあの人生だったなと振り返りたいものです。 心掛け次第では神様がご褒美に人生の帳尻をプラスにしてもらえるかも知れません。天の配剤は時として理解し難いこともありますが。^^


【撮影後記】広角のAPS-C レンズをフルサイズ機に装着しワイド端(11mm)で撮ったものです。フードが被ってケラレたのがちょっと面白かったのでアップしました。

by ippoippoiku | 2013-05-23 09:48 | opinion | Comments(2)
Commented by ippoippoiku at 2013-06-03 14:57
(^@^)さん、100回の凸ありがとうございます。^^
おっしゃる様に人生の帳尻、理不尽な天の配剤と思わずには
いられないことが多々起こりますね。そんな時は、きっと来世で
帳尻が合うのだろうと思わずにはいられません。
あるいは人の思いは何らか形で受け継がれていくもので一代で
完結するのではないのかも知れません。
コメントしづらい記事にも関わらずありがとうございます。

Commented by ippoippoiku at 2013-06-03 15:03
(^@^)さん、ごめんなさい。
誤ってコメントを消してしまいました。
しっかり受け取りましたのでお許し下さい。<m(__)m>


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