一歩の写真散歩

ippoippoik.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

カテゴリ:opinion( 14 )


2016年 12月 31日

2016大晦日

e0152866_19143236.jpg
2016年もあと数時間で終わろうとしています。
今年も色々なことがありました。
国際的には年明け早々に今年の波乱を予見させる様な、かの国の水爆実験、頻発するテロ、まさかの英国のEU離脱
オバマ大統領の広島訪問、まさかのトランプ氏の勝利、首相の真珠湾慰霊 etc

国内においては、スキーバスの転落事故、マイナス金利導入、熊本地震、都知事の辞職、参院選で与党2/3、陛下の譲位御意向表明
リオ五輪の活躍、ノーベル医学賞、豊洲新市場の盛土問題、多発する高齢ドライバー事故 etc

個人的には特筆する様なことのない穏やかな一年でしたが、強いて挙げれば小さいながらも公的な活動が増えたことでしょうか。

このブログは夏に息切れしてしまいました。( 笑) にも関わらす訪問頂きありがとうございました。
来年はもっと発信していきたいと思っております。

それでは皆様良いお年をお迎えください。


by ippoippoiku | 2016-12-31 20:02 | opinion | Comments(0)
2016年 07月 05日

お灸の結末

e0152866_06015337.jpg

大方の予想に反しての英国のEU離脱。離脱賛成に投票した人へのインタビューで
"まさか本当に離脱することになろうとは思わなかった。"と言うコメントが印象的でした。
熟慮しての投票ではなく積年の不満から意趣返しで投じた一票だったのでしょう。
結果が出た後、扇動してきた政治家達の無責任な態度は見るに堪えない状況です。

e0152866_06023198.jpg

我が国の選挙でも政権党への不満からお灸をすえようと同様なことは昔からありました。
自分の一票ぐらいは大勢に影響ないだろうと思う人が大勢になると数年前の様な事態に
陥らないとも限りません。

包装紙を変えただけの党を中心に正気かと疑いたくなる、なりふり構わない選挙協力。
主義主張の異なる群れから国家としての展望が見えようはずもありません。

所詮、完全無欠の政権などないのですから不満はあっても国家の舵取りに不安を覚える
様な政党を選ぶことだけは避けたいものです。



by ippoippoiku | 2016-07-05 06:54 | opinion | Comments(0)
2015年 08月 30日

現代の防人達

e0152866_21584419.jpg

安保関連法案は参議院で審議中ですが衆参の勢力からいずれ成立することでしょう。
賛否両論あるでしょうが議会制民主主義の根幹をなす多数決で可決されます。    

e0152866_22161471.jpg
政治の決定に対して命を賭してその使命を果たすことを義務づけれた彼らにはできる限りの法的保護と
装備そして何より国民の理解と敬意で応えるべきであろうと思います。
e0152866_22494754.jpg
政府の説明不足という世論調査結果が野党反論の根拠にされています。
現行憲法下での法整備であることに加え防衛機密もあるのでしょう、全てを開示できない
側面もあり解りづらいのは確かです。
しかし、国民の側も理解しようとする努力がもう少し必要ではなかろうかと感じます。
国の根幹をなす憲法改正に要する時間と我が国周辺の急速な状況変化を見れば現行法の
不備を埋め抑止力を高める法整備が急務であることは明らかなのですから。
国会の論戦を観ていると来年の参院選を睨んだ野党が与党の多数による横暴と印象付づけ
ようとする戦術が目立ち嘆かわしい限りです。

先の大戦での言葉につくせない犠牲を払った教訓からくる武力、戦争への情緒的な思いを乗り
越えて判断する賢明さが国民に問われている様に思います。ご家族を失った方にとっては極めて
難しいことであろうとは思いますが....。



by ippoippoiku | 2015-08-30 00:19 | opinion | Comments(2)
2015年 06月 22日

いいことノート

e0152866_00215114.jpg


新聞の投稿欄からは、さまざま人生が垣間見えると同時に教え励まされることが
多々あります。
最近は自分と同様な境遇にある方の投稿が目に止まる、と言うか
探し
求めている様に思います。


某全国紙に『いいことノート』という投稿がありました。
大病を患い心身のエネルギーが枯渇してしまった方が友人に教えられて寝る前に
例えば今日は夕陽が綺麗だったとかその日あった
ささいないいことを綴り続けて
いるうちに生きている
ことが有難いと感じる様になり枯渇した心身のエネルギー
が確実に補充されていることが分かったと。そして支えてくれた人への感謝の
気持ちで結んだ投稿でした。


e0152866_00255157.jpg

前置きが長くなりました。
この花は鉢植えで頂いたものですが、満開だった花が一度全て枯れてしまいました。
葉だけの状態が続いていたのですが、数日前から一輪だけ咲きそうな気配を見せて
いたので楽しみにしていたところ、朝起きたら咲いていてちょっと感動しました。

e0152866_00272778.jpg

小さないいこととしてノートに書き留めておいてよさそうな出来事でした。





by ippoippoiku | 2015-06-22 01:31 | opinion | Comments(2)
2015年 01月 21日

図書館

e0152866_02163845.jpg

リタイアを機に整理していたら長年使っていない図書館カードが出てきたので更新に出掛けた。
社会人になってから最後に図書館を利用したのはいつのことだったろう。遠い昔、昇格試験や
資格試験の勉強で訪れて以来の様な気がする。

e0152866_02230304.jpg

自習の場所としてはともかく、インターネットで容易に情報が得られる様になったことや若者の活字離れも
あり図書館の利用者が年々減少していた様であるがこのところまた増えてきているらしい。

それ自体は喜ばしいことであるが、その訳にはどうかと思えることもあるようだ。
それは利用者を増やす為であろうが、ベストセラーを大量に仕入れて貸出している様なのである。
そして今、その弊害で全国で閉店を余儀なくされる書店が増えているらしい。

もちろん図書館の変容だけが原因ではなくネット通販の普及も一因であろうが、税金で運営されて
いる公立図書館のあり方としてはいささか疑問に思うのだが。

流行作家の新刊本をいち早く読みたければ身銭をきるのが本来あるべき姿ではなかろうか。
この図書館も同様なのかは解らないが、度を過ぎた住民サービスはどこかにしわ寄せが来る。

e0152866_02273071.jpg
懐かしい図書館独特の匂いに包まれて書架を眺め歩くとネット上を流れては消え去る上澄みの
様な情報とは異なる知識や知恵、感動が詰まった一冊一冊の背表紙からあなたの求めているものは
この中にありますよと囁く声が聞こえて来る。それはあながち還暦を迎えてから時折り聞こえる....
様な気がする空耳ではなさそうだ。^^

世の中的には旬を過ぎた本でも自分にとっては今だからこそ出会えたと思える一冊がそこに佇んで
いる。そんな本と巡り会えるのも図書館の魅力である様に思う。

  
e0152866_02293045.jpg

早速、更新したカードで赤瀬川原平氏の写真集を借りてこの日は辞した。
温故知新、これからの本との出会いが楽しみである。































by ippoippoiku | 2015-01-21 02:56 | opinion | Comments(0)
2013年 09月 14日

レトリック

e0152866_12363677.jpg世の中には解った様で解らない言葉があります。
『生活者』とか『生活者目線』 といった言葉もその一つです。 

古い話ですが、かつて『麻生首相は、高級ホテルのシガーバーで高い酒を飲んでるから生活者目線でものを考えることができない』 などと小政党の女性党首がまことしやかに批判していたのを記憶しています。
首相が国民と同じ目線でものを考えていたら国が傾くと思うのですが。^^
その政党は選挙の度に議席を減らし今では風前の灯で存続すら危ぶまれる凋落ぶり
です。


これだけ支持が得られないってことは大半の国民がその党の掲げる主義主張に賛同できないってことなんですが未だに自分達の主張が正しくて国民が間違っている、だまされていると傲慢にも思っている様に伺えます。先日、さすがにこの党首は辞任しましたね。
また、先の参議院選では宗教系政党が『生活者を国会へ』などと喧伝してましたがこれも違和感のある表現でした。




e0152866_1239431.jpg話が横道にそれてしまいましたが、この生活者とは一体どんな人達を指し生活者目線とはどんな目線を言うのでしょうか。
収入、信条、経験などで個々人の認識には差があるにも関わらずあたかも一般に認知
された定義があるかの如くこれらの言葉が使われることには違和感を覚えます。

使われている話の前後の脈絡から察すると中流層を指している様です。我が国には階級制度はないのであえて中流を定義するなら大金持ちではないが生活保護を受ける程の困窮者でもない階層ということになるでしょうか。
しかしこの中流層の占める割合は当然のことながら最も幅広く一律の目線などあろうはずがありません。

また、この中流以外の高額所得者や資産家、あるいは生活保護を受けている人々は生活者でないなら一体何なのでしょう。

一律の目線などあり得ないのにあたかもそれがあるかの如き思い込みを与え、自分達こそがその代弁者とばかりに主張を繰り返す、これは巧妙なレトリックとしか思えません。



e0152866_12422122.jpgこの言葉に限らずまことしやかに語られる定義のはっきりしない言葉や意味が曖昧な外来語は使っている者の本意がどこにあるのかをよく見極め、雰囲気に惑わされないことが大切です。
自戒を込めて言うと外来語の場合、頻繁に耳にしていると前後の脈絡から解った様な気になり知らぬ間に曖昧な理解のままで自ら使ってしまっていることがあります。

英語はすでに国際共通語だから無理に訳す必要もないということかも知れません。また訳さないことで曖昧さを残し主張をぼかす、反論をかわす効果を期待しているのかも知れません。語尾に・・・みたいな とか ・・・的には と付けて逃げ道を作る様に。
国際化という言葉もグローバル化と表現されることが多いですね。あえてカタカナ語にする必要がどこにあるのでしょう。



e0152866_1244301.jpgこの文章は可能な限り外来語を使わないことを心掛けて書いています。
表題のレトリックを改めて辞書で確認すると『rhetoric:特別な効果をねらった言語表現』とありました。用法に間違いはない様です。 ^^
該当する日本語を調べると『巧言(こうげん)』という言葉がありました。書くと理解できますが話言葉だと上手く伝わりそうにありません。そんな言葉は原語のままがいいのでしょう。

流行語や難解な外来語を多用することが時流に乗ってカッコよく賢くみえると考えるのか
知っていても時流に流された軽薄なこととして慎むのかが人としての深みや信頼を判断する材料の様に思えます。


過日、NHKが 『報道が難解な外来語を多用して理解できない』と訴訟を起こされてましたね。
民放と異なり視聴料をとっている以上、幅広い年代層に解り易い平易な言葉で伝える報道の原点に立ち帰って貰いたいものです。 また、本当に伝えるべきことをおざなりにし一度で十分な報道を何等かの意図をもって執拗なまでに繰り返したり、どこの国の報道機関かと思わせる様な偏向報道も是正して欲しいものです。

言葉は生き物ですから時代を反映しあるていど変化するものだとは思いますが、母国語はいつの時代でも大切にしたいものです。こんな表現力豊な言語は他にないのですから。


by ippoippoiku | 2013-09-14 12:51 | opinion
2013年 08月 08日

まさかのアクシデント

e0152866_11515512.jpg電車の中での出来事。

胸ポケットから手帳を取り出そうとして誤まって定期券を落としてしまいました。
それがあろうことかシートの隙間に入りそのまま下の暖房機の中へ…あららら…

シートの間に手を突っ込もうとしても入らない!
古い車両で側面は鉄板の蓋がありとても外せそうにありません。
外せたとしても勝手なことをしたら不審者扱いされます。 
降りる駅は刻々と…。


先頭車両なので最後尾の車掌のところまで行っている間に着いてしまいます。万事休すです。ーー゛

幸いにして短い路線で終点まで後、10分ぐらいで着きそうです。しかたがないのでこのまま終点まで行って取り出して貰おうと覚悟を
決めざるを得ません。 とほほほ…


突然、向かいに掛けていた若い女性が席を立ち運転席のドアをノックしました。
乗り合わせていた交代の運転士と思しき人と何やら話していますがやりとりは走行音で聞こえません。

得意の読唇術?もこのところ連日の暑さで、さつぱり… ^^;
この人も乗り越しとか降車駅のこととかで何か困ったことがあるのかなと何気に見ていました。

時折、他の乗客から注がれる同情溢れる?冷ややかな視線 ーー;

そうこうしているうちにドジなおじさんを乗せた電車は終点に到着。
すると突然その女性が先ほど話していた運転士を引き連れて私のところに一直線に来るではありませんか。
(ビフォア・アフターのナレーション調で)

思わずのけぞる私に向かって…

”この人です。” -女性-
なな、なんだあ、あたしゃ痴漢なんかしてませんぞ。<`~´> –私-

”どこですか?”-運転士-
”どこって、どこも触ってませんよぉ” –私-

”そうじゃなくて定期” -運転士-
”定期なら**銀行に多少…ーー; ” –私-

”そうじゃなくてぇ て・い・き・け・ん” -運転士-

このところの連日の暑さ(だけじゃないか)でボケた頭の私もようやく、彼女が私の為に取り次いでくれたことに気付いた訳で…
(北の国からのジュン君調で)

丁重に御礼を言う間もなく彼女は電車をさっさと降りてってしまいました。
定期券は運転士がヨッコラショとシートを外してすぐに取り出すことができました。(へえ~、意外と簡単に外れるんもんなんだぁ)

e0152866_11525249.jpg結局、終点まで行かなければできなかったことで結果は同じだったのですが
見ず知らずの私の為に勇気をふるって走行中の運転席のドアをノックしてくれた
ことが嬉しかったですね。
自分のことならいざ知らず他人の為にはなかなか出来ることではありませんよね。

とんだアクシデントも人の親切に触れられて嬉しい経験となりました。
人から頂いた親切はいつか返さなければと思いつつ折り返しの発車を待ちました。^^

運転士との会話の大半はフィクションです。^^

______________________________________
このアクシデントにはもうひとつ思わぬ収穫がありました。
実はこの終点の駅は一般の人は降りられないちょっとユニークな駅なのですが前々から
訪れて見たいと思っていたのです。
日本を代表する大手電気メーカーの専用?みたいな駅でこのメーカーに用のある人以外は
駅の外に出られません。
ここからの夜景を是非撮りたいと思っていたので期せずしてロケハンができました。
近々、まだ訪れて見たいと思います。定期にひもつけて。

____________________________________________________________
この記事はブログ移行の一環で過去の同時節に他サイトに投稿したものを編集し再エントリーしたものです。

by ippoippoiku | 2013-08-08 12:49 | opinion | Comments(2)
2013年 05月 23日

幸せの総量

e0152866_9511687.jpg

時々、ふと囚われる思いがあります。幸せの総量は皆同じなのではないのだろうかと...。

技術の世界で長年生きてきたので馴染み深いのですが、物理にエネルギー保存の法則というのがありましたね。定義の文言は定かでなくなってきましたが
"独立した系内のエネルギーの総量は変化しない"というあれです。これと同じで肉体的、精神的エネルギーも個人という系内においては減りもしなければ増えもしないでただ形を変えるだけではないのかと。幸福というプラスのエネルギーが生じる一方で不幸というマイナスのエネルギーも生じ総じてプラスマイナス0で均衡する様に思えるのです。
成功者とか英雄と呼ばれる人も若い時の不運を乗り越えて晩年に大成する人もいれば若くして成功し富を築いても身を滅ぼす人もいます。
ここで気になるのが時間ですね。ではいつ均衡するのか。来世を含めると無限になってしまうし自分の力が及ぶものでもありませんから生まれた時からこの世を去るまでと考えるのが自然でしょうか。

幸福感は多分に相対的なもので苦難に遭遇している人をみて自分は恵まれている、幸福だと感じることもあれば、物理的でも精神的にでも何かを得たことで感じるものでもあります。待ち望んだ幸福をようやく手に入れても時間の経過とともに満足感は薄らいでいきます。また個々人の価値観でも幸福感は異なってきます。大きな幸福感に一時包まれるのもいいでしょうが小さな幸福でいいから持続的に満たされ、避けえないのであれば一つ一つの不幸は願わくば小さくあって欲しいものです。
生涯を終える時、少なくともまあまあの人生だったなと振り返りたいものです。 心掛け次第では神様がご褒美に人生の帳尻をプラスにしてもらえるかも知れません。天の配剤は時として理解し難いこともありますが。^^


【撮影後記】広角のAPS-C レンズをフルサイズ機に装着しワイド端(11mm)で撮ったものです。フードが被ってケラレたのがちょっと面白かったのでアップしました。

by ippoippoiku | 2013-05-23 09:48 | opinion | Comments(2)
2009年 01月 14日

些細なことで評価される怖さ

e0152866_7233550.jpg
三脚の水準器の液が抜けてしまいました。
どこかでぶつけたのか小さなクラックから微量に漏れていた様です。

メーカーのHPからメールで問い合わせたところすぐに見積の返事が
届きました。ここまでは順調でした。
早速、電話で顧客対応には不向きそうな女性社員の口調にやや不満を
感じつつも注文しました。

翌々日には届き、早々取付けようとすると…ネジが合わない。(ーー;)

長さも違うし明らかに誤送と思われたので現状のものと送られたものを
写真に撮りメールしました。


不手際なので、翌日には返信がくるかと思っていたのですが来ないので、メールを確認しているならその旨連絡する様に再度メールしました。
その返信がないまま、詫びの一言もなく品物だけが届きました。しかも現状のものはステンレスなのに鉄製のものが…。

たかが、ビス2本のことですが、この企業の顧客への姿勢が見えた気がしました。
この三脚の制限重量は2kgで余裕がなく以前から剛性不足を感じていたのでそろそろ一つ上を検討していたのですがこのメーカーは候補から
外しました。
たまたま対応の悪い担当に当たってしまったのかも知れませんが、ビス2本でこのメーカーは少なくとも一人の顧客を失うことになりました。

技術部門がどんなにいい製品を造っても顧客との接点となる部署の対応が悪いと顧客は離れます。
逆に問題が生じた時に迅速で確実な対応をしてくれると信頼を増しリピーターになります。これは工業製品に限らずあらゆる分野に共通します。

企業にとって一番怖いのはクレームを言わない顧客です。些細なことだと面倒なので顧客相談室に連絡せず離れて行きます。

ちなみにこのメーカーはフランスの王朝か、お菓子のメーカーみたいな名前のところです。^^;


by ippoippoiku | 2009-01-14 07:15 | opinion | Comments(0)
2008年 10月 08日

Noblesse oblige

e0152866_832799.jpg


某全国紙の朝刊に掲載された金美齢さん(評論家)のコラムが目に止まったので少し紹介したい。
内容は新内閣の閣僚18人中の11人が世襲議員で締められたことに端を発した『恵まれた者の使命』と題されたものである。
氏は、映画『炎のランナー(英国:1981)』を引き合いに高位に伴う者の義務について述べている。


e0152866_0325565.jpg


波打ち際を若者達がスローモーションで駆けるシーンに始まりそのシーンで終わるこの物語はそのバックに流れる音楽と共に記憶している方も多いと思う。
かつて私も観ているのだが、この波打ち際のシーンと音楽だけが印象に残り氏がコラムで述べている様な深い内容は読み取れていなかった。

実話を元に制作されたこの映画は1924年のパリ・オリンピックの陸上競技でメダルを獲得した3人の英国人青年を描いたものである。
中心的に描かれているのは、裕福だがユダヤ系が故にアングロ・サクソン中心の英国階級社会の中で苦悩しその反骨からメダルを取ることで民族の誇りとアイディンティを見出そうとするケンブリッジの学生ハロルド、 二人目は宣教師の息子として生まれ聖職者として神の道を説き俊足は神からの授かり物として神の栄光を体現すべく走るエリック、そしてハロルドの学友で貴族のアンドリューである。
三人はそれぞれの思いを胸に晴れて英国のオリンピック代表に選ばれる。

問題はオリンピック出場の為、ドーバーを渡る船の出港間際に明らかになる。
宣教師を目ざすエリックは出場する100mの予選が日曜日(安息日)となることを知らさせるのだ。


e0152866_0331510.jpg


エリックは欠場を決意する。英国皇太子まで翻意を迫るが決意は変わらない。
そのことを知った貴族のアンドリューは自分が出場予定であった400mの権利をエリックに譲る。
彼はすでにハードルでメダルを獲っていたこともあったが自分の栄光よりも貴族として(高位にある者として)の自分の役割は、よりメダルに近いエリックにその権利を譲り英国に一つでも多くの金メダルをもたらすことだと考えたのだ。
そしてエリックはその期待に応えて見事に金メダルを獲得する。

我が国の二世議員達が同様に高位にある者かは異論もあろうが世襲ではない議員よりもスタートラインをだいぶ前にして貰って得られた地位であることに異論はなかろう。その意味で彼等は生まれながらにして恵まれた者であることは間違いない。


e0152866_0333067.jpg


国政に携わる者はある程度実社会の経験を積んでから立候補して欲しいとは思うが私は二世議員を頭から否定はしない。高い志を持ち国家・国民の為に尽くす決意のある者ならば親が築いた土台からスタートしても一向に構わないと思う。
真価はその恵まれた立場を以って何を成しえるかにある。

氏のコラムは、国への献身こそが恵まれた者に与えられた使命であると締め括っている。それが世襲への謗りを免れる唯一の道に他ならないと。 まったく同感である。


e0152866_0334357.jpg


蛇足であるが、麻生首相の若かりし頃の逸話がある。
クレー射撃の選手として遠征したアメリカのホテルで食事をしている時、仲間の一人が皿を落としてしまった。

拾おうとした彼を麻生青年は強く制止しウエイターを呼び後始末をさせた後サンキューと礼を言いチップを渡した。
後に皿を落とした青年は何故あれほどまでにきつく止めたのかと麻生青年に問うた。 
すると麻生青年は、『君が皿を拾うとウエイターの仕事を一つ奪うことになる。』 と答えたそうだ。


e0152866_0335099.jpg



床に落ちたものを自ら拾わないことはテーブルマナーとして知ってはいても自らの不始末に人の手を煩わせることを潔し良しとせずつい手を出してしまう日本人の美徳や感性とは明らかに違う価値観である。
e0152866_0343172.jpg



歴代首相の中でも偉才を放った祖父と実業家で国会議員でもあった父を仰ぎ正に華麗なる一族の後継者として生を受け、人の上に立つことを必然として育てられてきたことが垣間見えるエピソードである。 
国家の最高位に立った今、麻生首相の”Noblesse oblige”大きく試されている。


e0152866_0344277.jpg



<あとがき>
金美齢氏が印象的だったとして紹介しているシーンを観たくてDVDを借りた。
午後の紅茶を終え客を見送った後、広大な屋敷の芝生の上でアンドリューが一人練習するシーンである。
ずらりとセットされた全てのハードルの端になみなみと注がせたシャンパングラスを置き華麗に跳び越えて行く。 こぼさないで跳ぶことで速さだけではなく美しく跳ぶことが彼なりの美学であったのだろう。 やはり庶民とはかけ離れたノーブルな世界である。

本記事は他サイトに投稿したものを加筆し再エントリーしたものです。

by ippoippoiku | 2008-10-08 00:45 | opinion | Comments(0)